なごやか日記
10月1日(木) 宇都宮餃子
このあと小児内分泌学会場にはいる。今回の会長である独協医大小児科教授の有坂治先生の開会の挨拶のあと、数々の口演発表がありどれも興味深いものであったがここでは省略する。学会初日の夜は名古屋から来た中堅―若手の先生と夕食。この町はジャズも盛んでいくつかのライブの店などがある。3人でその中の一つの店に入る(自由人とかいう店だった)。この日は演奏はなかったが、若き日の渡辺貞夫とこの店のマスターの少しくすんだ写真が印象的であった(渡辺貞夫はこの地の出身か)。
9月30日(水) 東京女子医大
この建物の2階の一室に約25人ほどの小児科の先生方(医局員)が集まり、そこで私が米国留学中と帰国後に行った「成長ホルモン遺伝子の解析」についてお話させていただいた。今から10年以上も前の仕事で恐縮ではあったが、これらの研究の歴史的な背景などを説明させていただいた。当然のことながらここでは女性医師が多く、約1時簡にわたる私の話を聞いていただいた。私の拙い話がこれら若手の先生方の臨床の場で多少でも参考になれば幸いである。
この後、永木先生や関係者とで食事に向かう。赤坂にある沖縄料理の専門店で料理と泡盛などを堪能する。創始者の吉岡弥生先生が静岡県掛川市(大東町)の出身で、看護学部がこちらにあることなどが話題となる。掛川は私ども夫婦で時々訪れる町で、以外なところで女子医大との縁があったことを知る。貴重な体験をさせていただいた永木先生に感謝しつつ、東京駅近くのホテルに戻る。
9月12日(土) 郡上鮎
この「吉田屋」という料理旅館は歴史のある宿で、あの食通で有名な「北大路魯山人」や数々の文化人が訪れたようである。郡上を何度も訪れているI君が予約をしてくれた。私たちが通されたのも趣のあるしっとりとした和風の部屋で、中庭の緑が小雨にぬれて美しい。温泉ではないが、きれいな水を沸かした風呂を浴びたあと夕食となる。いよいよ今回の旅の最大の目的である「郡上鮎」の登場。天然の鮎というと小ぶりというイメージが強かったのだが、かなりの大きさである。さっぱりとしていながら鮎独特の香りが何ともいえない。この他にも味噌で味わう鮎や、刺身など鮎尽くしの料理を堪能する。「吉田屋」の鮎は友釣りでとれる地元でも最高のものである。たまたま先週東海テレビで、郡上に残る最後の鮎釣り名人が紹介されていた。この名人が釣る天然鮎がこの旅館に納められるようである。この鮎尽くしにすっかり満足した私は、いつもより早めに眠りにつく。
8月30日(日) 「 一社アレルギー科・こどもクリニック」 開院
清潔で明るいクリニックで、面積は私どものクリニックと同じくらいとお聞きしたが、天井が高い分より広く感じられる。この日は内覧会のためかカラフルな風船が置かれ、こども達もそれをもらって楽しそうにしている。診察室やレントゲン室も明るく工夫され使いやすそうである。また当然のことながら内装も「シックハウス」対策が十分なされている。
以前上飯田第一病院小児科に勤務していた看護師さんが常勤として活動するようである。鳥居新平先生は火曜日の上飯田第一病院のアレルギー外来は今後も続けられるとのことであった。「一社」に来ることはこれまで少なかったのだが、地下鉄駅の近くにはかなり多くのクリニックがある。鳥居先生のクリニックには名古屋市内あるいは県外からも多くのアレルギーの患者さんが訪れることだろう。いずれにしても市内の名東区と北区に信頼できるアレルギー科があることは、患者さんにとっても心強いことと思う。
7月18日(土) 秘湯福地温泉(奥飛騨温泉郷)
高山駅からバスで平湯へ向かう。平湯から新穂高温泉行きのバスに乗り換える。「福地温泉下」というバス停で降りると、今日の宿泊先である「湯元 長座」が目の前にある。山の斜面を利用したとても大きな宿で、面積は数千坪あるとのことだ。入り口から帳場までかなりの距離を歩く。どの建物も古い味わいのあるもので、梁などは非常に太く黒光りしている。私たちの泊まった部屋にも「囲炉裏」があり、広々として快適である。温泉は部屋からかなり歩いたところにあるが、浴槽は檜ばりで、お湯も大変良い。部屋からも温泉からも回りは美しい緑の自然がみられ、大自然の中にいるという感じになる。夕食も飛騨牛や地元の食材でおいしい料理を囲炉裏であぶりながら楽しむ(もちろん地酒も)。この食事中に宿のご主人が挨拶にみえる。この福地(ふくじ)温泉は歴史は古い(平安時代ころより)のだが温泉宿ができたのは比較的新しく、このご主人も元は農家だったのが40年くらい前にこの宿を作ったとのことであった。古い豪農の館を移築してできたのがこの「湯元 長座」である。この宿は一部温泉好きの間では有名で人気があり、「日本の秘湯」として登録されている。この夜は自然に包まれるようによく眠れた。
7月17日(金) 少し早めの夏休み
7月16日(木) パリ祭り 2009
第2部はまた山本リンダの「巴里の屋根の下」ではじまる。ゲストの安奈淳(元宝塚)が「アコーディオン弾き」など、戸川昌子が面白おかしく「商売やめた」(この人はコメディアンだったか?)を歌う。そして今回のゲストのなかでも最大級の歌手は「雪村いづみ」である。この人は「美空ひばり」「江利ちえみ」などと当時三人娘として活躍した歌手で、今はかなりの年齢になるはずだ。「雪村いずみ」がまだ現役歌手として歌い続けていることをうかつにも知らなかった。さすがに見かけでは年齢を感じさせるが、歌声は昔のように若々しくはりのあるものだった。第2部の最後(オオトリ)はおなじみの菅原洋一で「バラ色の人生」を美しく歌い上げる。菅原洋一は「今日でお別れ」などで有名な人だが、最近はシャンソンをよく歌っている。
今年のパリ祭は一緒に参加した友人たちも楽しんでくれたようだ。かとうえいこさんの歌が1曲だけだったのがやや残念ではあったが、あれだけの大物歌手が揃えばしかたないことか。とっくに60歳を超えた菅原洋一や雪村いずみがほんとうにすばらしい仕事をしているところを目の前にして、私などまだまだ努力しないといけないと感じた一晩だった(仕事、音楽、家族、酒?)。このあと榊原洋子ちゃんたちと夕食を兼ねた呑み会となったことはいうまでもない。
7月4日(土) 3回目の七夕祭り
音楽の後は保育士の森さんと鞆さんによる「絵本」の読み聞かせや、「おもちゃの楽器つくり」などで楽しい時を過ごす。それぞれ記念写真を撮り閉会となる。短い時間であったが皆さんが喜んででいただけたようで、私共スタッフにとってもほっとする瞬間であった。
6月27日(土) はじめての接遇講座
ある製薬会社の後援で実現した講座だが、これからも続けてほしいという参加者からの声が多かった。また今後の課題もいくつか見つかった。このあと時間の余裕のある者でビアガーデン(中日ビル)に行く。この梅雨時、勉強の後のビールはいつにも増しておいしかった。
5月9日(土) クリニック開設3周年
乾杯に続いて、クリニックの新しいあるいは去るスタッフのご挨拶をさせていただいた。私どもの会ではいつも音楽を楽しんでいるのだが、今回は名古屋を中心として活躍し、私共夫婦とも長年の友人である「かとうえいこ」さんにシャンソンを披露してもらった。ピアノとシンセサイザーをバックに「百万本のバラ」や「愛の賛歌」など日本人にもなじみの深い数曲を歌ってもらった。シャンソンは初めてという方も多く、もうベテランといってよい「かとうえいこ」さんのディナーショーのようになった。「榊原ようこ」夫妻にも、今回は歌手としてではなく招待客として参加していただいた。
シャンソンを楽しんだ後、中日ビルより歩いていける距離にある店で二次会となる。ここにはカラオケがあり(最近こういう店は少なくなった)皆それぞれに好きな歌を歌って時を過ごす。「榊原ようこ」ちゃんも歌ってくれた(プロがカラオケを歌うのは珍しいことだが)。こうして宴会は夜更けまで続く。3周年を何とか迎えることはできたが、ヒトでいうとやっと3歳になったばかり。これから更にスタッフ一同努力して、地域の皆さんからより親しまれ必要とされるクりニックにしていきたいと思う。次は5周年をめざして・・・。
4月26日(日) 萩原朔太郎
タクシーで市内に戻り、前橋文学館を訪れる。ここは記念館より規模が大きく、朔太郎の他にこの地の出身の詩人、作家などの紹介もされている。北原白秋(東京)や室生犀生(金沢)なども時々前橋を訪れたようである。彼の代表作である「月に吠える」や「青猫」の初版本や、生の原稿なども展示されている。彼の詩には近代人特有のの「孤独」あるいは「漂泊」といった印象がいつもつきまとっているように感じていたが、「音楽家を目指して東京に出るが夢はかなわず帰郷する」といった生い立ちを知ると背景がわかるような気がする。前橋という町は文学の町でもあることを実感した。
午後高崎から上越新幹線で東京に戻り、名古屋には夕方到着。今回もあわただしい旅であったが、O先生との再会や前橋を知るよい機会であったと思う。
4月25日(土) 前橋市
4月24日(金) 第82回 日本内分泌学会(群馬)に参加
4月19日(日) 久しぶりの奈良
次に奈良国立博物館のすぐ隣りにある「興福寺」を訪れる。奈良時代(平城京)に藤原氏の氏寺として西暦714年に金堂が創建されたという歴史をもつ「興福寺」。あの少年のような顔立ちの「阿修羅」像が有名であるが、今は東京国立博物館に出展されていて残念ながら見ることができなかった。だがさすがに歴史のあるお寺だけに、「千手観音像」など教科書に載るような仏像が数多く展示されていた。興味深かったのは「聖徳太子 二歳像」である。このような像があることを知らなかったが、その姿(体形)は確かに2歳児の特徴を備えている。修学旅行の学生さんが多くみられた。このあとJR奈良駅より「法隆寺」駅まで行き、世界最古の木造建築である「法隆寺」(世界文化遺産)を訪ねる。小学校時代に一度きているはずだが、ほとんど記憶にない。推古天皇と聖徳太子が西暦607年に本尊の「薬師如来」を造られたのがこの「法隆寺」(斑鳩寺)の始まりのようだ。教科書に出ている仏像など(玉虫厨子など)が数多くあるこの寺でも「百済観音像」はひときわ輝きを放っている。日本の多くの仏像とちがって、八頭身のすらりとした姿と慈悲深い表情はいくら見ても見飽きない美しさである。法隆寺には当然のことながら聖徳太子の像や肖像画などが多く展示され、「二歳時」と「7歳時」の像があった。今日はかなり暖かく、「法隆寺駅」へ向かうバスを待つあいだに食べた「柿」ならぬ「抹茶」アイスが妙に懐かしい味であった。近鉄奈良駅より京都を経て新幹線で名古屋に戻るともう夜となっていた。
4月18日(土) 第112回 日本小児科学会(奈良)
3月20日(日) 内田修ジャズコレクション
内田修先生はジャズの世界では「Dr.Jazz」として余りにも有名で説明する必要もないが、簡単に紹介しておこう。先生は名古屋大学医学部を卒業、第2外科に入局され関連病院で外科医として活動された後、1961年に実家の内田病院に外科を開設された。医学部在学中にジャズと出会われ、医療のかたわら日本のジャズの発展に貢献され、渡辺貞夫、日野皓正、山下洋輔といった今ではジャズ界の巨匠といえるミュージシャンを彼らの若い時から応援されたことは有名な話である。 リブラに入るとすぐ左手に「内田修ジャズコレクション展示室」がある。先生が集められた多くのジャズのレコード(約1万2000枚)やオープンリールテープなどが展示され、試聴コーナーでは貴重なジャズ(未発表作品も含め)をその場で聴くことができる。また内田病院の地下にあった「ドクターズ・スタジオ」が再現されている。その当時最高のオーディオもさることながら、ここは若き日のミュージシャンが演奏したり寛いだりしたオアシス的空間だったようである。
3月1日(日) NPO法人「なごやか親子ネット」設立記念講演会
まず理事長(予定)の上條浩子よりこのNPOの主旨の説明と開会の挨拶をさせていただいて、講演会(2講演)に移る。最初の講演は総合上飯田第一病院小児科部長の後藤泰浩先生の「就学(園)までにすませておきたいワクチン」という題で、MR(麻疹・風疹)ワクチンを中心に話していただいた。このワクチンは以前は1歳時に1回のみの接種(第1期)であったが、現在は小学校入学前の1年間(第2期)に定期接種(公費)が行われている。幼稚園の年長児でまだこのワクチンを済ませていないお子さんは、この3月31日までに完了してほしい(それ以降は任意接種:有料となる)。また経過措置として中学1年生(第3期)と高校3年生相当の方(第4期)も定期接種:公費ができるので、やはり3月末までに済ませていただきたいことを強調された。従来麻疹(はしか)は子どもの病気であったが、1歳児での接種が普及したため子どもでの発症は少なくなり、むしろ大人(20-30歳代)に見られる傾向があるようだ。大人の麻疹は診断が容易でなく、時に重症となる症例が紹介された。またこのところ幼稚園などで流行している水痘(みずぼうそう)や流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)のワクチン(任意接種:有料)もできるだけ済ませてほしいとの話をされた。欧米に比べて立ち遅れている日本のワクチン接種の現状について具体的に解説された(米国では麻疹の発症は年間数十例とのこと)。
ひき続いて岐阜女子大学教授の平松清美先生の「自信を持ってのびのび子育てしませんか!」―自立支援で心もからだも健康にーという講演に。小学校長など現場経験の豊富な平松先生らしく具体的で実践的なまたユーモアあふれるお話であった。自信のないお孫さんの例などあげられ、子どもが本来持っている能力や可能性を家族を含めた大人が引き出してあげることが重要であることを強調された。 せっかくの能力も「不安」「自尊心の欠如」などというマイナスの要因により伸ばされないことがあり、これらを取り除くのが親や教師など大人の役割である。また現代は子育てが孤立した環境で行われることが多く、家庭だけでなく地域のコミュニティとの連携も必要であることを話された。親と子がちょっとした工夫で楽しく遊べることも紹介された(紙とストローでできる簡単な遊びなど)。「子育てに一人で悩まないで、親として自信をもってのびのび育てましょう」ということで講演は終了した。今回のイベントのテーマである「子育ての輪を広げよう」にふさわしい講演であった。
これらの講演と並行して「手作り体験講座」も行われた。「樹脂粘土でつくるカラフル小物」と「ドライフラワーでつくるフラワースイーツ」に多くのお子さんが参加した。女の子の参加が多かったが皆それぞれ楽しんでいた。会場が栄の中心部(松坂屋近く)であったためか、帰りには買い物や食事などをされる方が多かったようだ。4月にはこのNPOが正式に認可される見通しで、「子育て支援」の各種活動が開始される予定である。
名古屋の小児科なごやか日記
12月31日(水) 大晦日
朝食、朝風呂を済ませAM10時少し前に宿の送迎バスで鳥羽へ。荷物を駅のコインロッカーに預け、鳥羽水族館の近くにある「鳥羽オルゴール館」に行く。ここでは多くのオルゴールの展示販売のほかに、自分で好きなパーツを選んで体験できるコーナーがある。妹と姪は30分以上かけてオルゴール作りを行う。姪は海底をイメージさせる青を基調とした可愛らしいオルゴールを作成した。一方妹は森をテーマとした落ち着いた感じのオルゴールを私たちにプレゼントしてくれた(妹は創作ジュエリーの教室などをやっているのでプロのようなものだが)。
次に「ミキモト真珠島」を訪れる。ここは何回も来ているが、養殖真珠の原理や加工など詳しく説明されている。美しい真珠を得るために多くの時間と労力が費やされていることがわかる。この真珠博物館の2階には真珠を使ったアンティークジュエリーが展示されている。200年以上も前のヨーロッパの作品まで紹介されている。こんな時代にヨーロッパで真珠(養殖ではなくて天然)が珍重されていたのだ。これらの古典的な作品が妹には創作ジュエリーの参考となったようだ。この後鳥羽駅の近くにある小さな店でひおき貝(地元では「あっぱ」という)、さざえ、牡蠣などを焼いてもらってその場で食べる。これも鳥羽へ来る楽しみの一つである。近鉄で名古屋にPM4時半ごろ到着。
妹たちとは名古屋駅でわかれ、タクシーで栄にある元Be Vappのママのマンションに向かう。正月用のおせち料理を作ってもらったため立ち寄ったのだが、このブログでもおなじみの榊原洋子ちゃんやご主人の中井さん、武藤祐志君にひとみちゃんなどが来ており、一緒にビール、お酒などを呑む。いつものメンバーで盛り上がり、まるでBe Vappにいるような感じであった。ひとしきり楽しんだあと、3人の女性が作ってくれたおせち料理をいただいて家に帰る。今年は例年より賑やかで楽しい大晦日であった。
名古屋の小児科なごやか日記
12月30日(火) 年末は温泉で
29日(月)で今年最後の診療を終える。朝からPM5時半までの診療であったが、年末で休みにはいっている診療所もあるためか多くの患者さんに来ていただいた。今年はインフルエンザが各地で早い時期よりみられたが、少なくとも
私共夫婦は正月に仕事が入ることが多いため、年末30日に温泉に泊まって体を休めることにしている。来年も1月は家内が1日当直(成田病院)、私が2日休日診療(
風呂をあびてからいよいよ夕食となる。土地柄伊勢えび、ひらめ、あわび、さざえなど海の幸は豊富である。この宿のご主人が料理人ということで料理の質も良い。質もさることながら、食べきれないほどの量である。高校2年生の姪は体重を気にして普段は食事は控えめにしているようだが、この日は解禁とする。皇太子が好きな日本酒としても有名になった「黒龍:福井県(石田屋)」の端正なこくのある香りと刺身のさっぱりした味がよくあう。温泉でリラックスしたせいか、いつもより早く床に着き朝までぐっすりと眠れた(最近は朝4-5時くらいに目覚めてしまうことが多いのだが)。








